中身
自分の中身には何があるのかを探すという日々を過ごしている。
これまでの自分は、自分が出力するもの、また出力に影響するものにしか興味がなかった。
何故、出力をしたいのか、何を出力したいのか真剣に向き合ってこなかった。
自分は思いを言葉にするのが苦手だ、それは国語力の問題だけでなく、自分で自分の気持ちを認知することができていなかったからだ。認知できなければ言葉にできない、言葉にできなければ表現できない。出力に至らない。
音楽は言葉にしなくても済む。言葉がなくても素晴らしいものになる。
それはそれで良いのだ、自分の音楽は間違っていない。
だけど、どこか自分の中にある虚しさを解消したい。なんで虚しいのだろうか。本当に向き合って、言葉にして表す時がきた。20代も後半。勢いだけではダメなのだ。
言葉にすることは自分の中の無力さと向き合う。不安なこととは向き合いたくない、できれば避けていたい。怖い。見えない恐怖程動けなくなることもない。
でもそれでは前に進めない。進むのだ。進むために言葉にする。
剣道もそうだった、怖い。動けば動くことこそが隙となり負けるかもしれないという恐怖と戦わなければならなかった。でも動かねば勝てぬ。
自分も動いて動いて恐怖に勝たねばならぬ。そして中身を確かめる。
これは自分に言い聞かせている日記